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思い出せない・・・ [思い出話]

大学の時に、芸達者なクラスメートがいました。

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長男の嫁って? [思い出話]

ずい分前のことだけど…友人が離縁された。


「離婚」じゃない。一方的に離婚届を突きつけられ、数日間は揉めたものの…

ある日、パートから帰ってきたら彼女の荷物一式が庭に放り出されていて、

玄関の鍵まで替えられていたっていうから、びっくり仰天

ドラマでもなかなかお目にかかれないほどの出来事。

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もしも・・・だったら?(「死ぬ」の続き) [思い出話]

 白やぎの父方の祖父が亡くなったのは、27年前の1月12日です。

東京に単身赴任していて、金曜日の夕方になると自宅に戻ってくる…そんな

生活をしていて、同居人は祖母といとこ(当時16歳)のお兄ちゃん。

 

 祖父はね、大相撲が大好きで、先代の貴乃花(故・二子山親方)の大ファン

でしたから、大相撲の場所中は、夕方はTVに釘付け。

その日も、東京から帰ってくると居間で大相撲観戦。 隣の部屋には、疲れて

帰ってくる祖父が、夕食までの少しの時間でも横になれるように…布団をひい

て待っているのは、祖母のいつもの習慣でした。

 

 帰宅したのは午後5時20分頃だったそうです。

スーツから着物に着替え…仕事に出かける時はスーツを着て、70過ぎとは

思えないほどに、シャッキッとした祖父でしたが、家にいるときはいつも着物。

で、スーツの時でも下着は‘ふんどし‘。それが、子供心にかっこよく見えたのを

覚えていますね。なんででしょう…?

 

 着物に着替えて、TVの前に座った祖父は、すぐに自分の指先に息を吹きか

けるようにして指先をもんでいたそうです。

「手がしびれてくる…」 そう言ったそうです。 心配した祖母が、布団に横にな

ることを勧めると、いつもなら貴乃花戦は見逃すことが無い祖父が、貴乃花を

見ずに布団へ向かったそうです。

 

 台所へ水とお茶を取りに行った祖母が戻ってくると、祖父は布団の手前で

四つんばいになっていて…「足がもつれて動けない」そう言ったそうです。

 

 お茶の乗ったお盆をちゃぶ台の上に置くために後ろを向いた祖母が、再び

祖父の方を振り向いた時には…祖父は仰向けにひっくり返り、眼鏡が畳の上

に転がり…呼んでも、叩いても、手を握っても…もう反応が無かったそうです。

わずか1~2分の出来事です。

 

 2階に下宿していた従兄を呼びつけ、従兄と二人で呼んだり叩いたりしてみて

も祖父は応える事が無く…従兄は祖父が呼吸も無く、脈も確認できないことに

気が付いたそうです。

「先生に電話しよう」 コレといって持病も無く、いたって健康だった祖父でした

が、毎年、健康診断はきちんと受けていて、掛かり付けのお医者さんがいまし

て、何かあれば、いつも相談に乗ってくださる…家族付き合いのある方です。

 

お医者さんに電話した時、従兄が見た時計は5時40分を指していたそうです。

 

 私が母に連れられて、妹達と一緒に祖父宅に着いたのが、6時半の少し前

だったようです。私達がついて間もなく、先生もお見えになりました。

大きくて、太い注射が祖父の胸にされていたのを覚えています。

人工呼吸と心臓マッサージを見たのも初めてでした。

 

 結局、祖父が帰ってくることは無く、従兄が時計を見た時間、5時40分が

死亡時刻として残されました。

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「死ぬ」ということ [思い出話]

来週、10月24日は白やぎの父方の祖父の誕生日です。存命ならば101歳。

 

祖父は私が小学校4年生の1月に他界しました。74歳。急性心不全でした。

夕方の出来事です。

孫の中で一番近くに住んでいた私達は、お医者さんよりも早く祖父宅に到着

し、掛かり付けのドクターが蘇生措置をなさるのも見ていました。

 

…と言っても、私達が祖父宅に到着した時には、祖父が倒れてから既に30分

以上過ぎていましたので…今考えると、ドクターの蘇生措置は…無理ですね。

 

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飲み屋の大将 [思い出話]

 銀行窓口にいた頃のお客さんに、ご近所の飲み屋さんの大将がいらっしゃい

ました。

 

 このお方、俗に言う「トラキチ」の代表格のような方で、タイガースが負けると

ご機嫌斜め、勝つと大判振る舞いしちゃったり…女将さんも「病気なのよ

なんてため息をおつきになるほどに、生活とタイガースが密着型。

 

 甲子園でゲームがあれば、お店そっちのけで球場にお出かけ。

巨人戦ともなれば、銀行の開店時には既にトラ縞衣装に身を包み(朝の9時

からですよっ)、窓口の私達に向かって「ほな、行って来るわっ」と、

お出かけ前のご挨拶を下さいます。

 

 あれは、タイガースがぶっちぎりで最下位を早々と決めてしまった年だったと

思います。

 

 その日は、シーズン最後の甲子園での巨人戦。いつもの大将ならば、午前中

には‘出陣‘なさっているハズなのに…。銀行閉店前になって窓口においでに

なりました。

 

 (大将、今日は大事な日じゃないんですか?今の時間にココにいらしても

  よろしいのですか?)

「…なあ、おねえちゃん、俺はこの年になって悟ったよ…。…あのな、‘出来の

悪い子ほどかわいい‘ってことわざにも、限界があるねん……」

 

 …大将、いつもの粋で威勢が良い方と同じ人物とは思えないほど、しょんぼり

肩を落としてお帰りになりました。

 

 もう、何年もお目にかかるチャンスも無いままですが…大将っ今年は

美味しいお酒を召し上がっておられますか 


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