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20年 [気になること]

 今日、8月12日は日航機墜落事故から20年です。

 

  20年前の今日、当時高校生だった私は、特別養護老人ホームでの

 介護体験キャンプに参加していました。

  あの日、夕食当番だった私が相棒と二人で鍋の相手をしていた(

 ように記憶している…)ところ、引率の牧師さん(キリスト教会主催のキャン

 プでした)が「家に電話しなさい。 お父さん、今日東京から帰ってくるでし

 ょ?」と、台所に駆け込んで来られました。

 訳もわからず言われるままに自宅に電話しました。母が出ました。

 

 「お父さんは?」(…まだ判らない……。)

 「今日帰ってこれるんでしょ?」(連絡取れないから…)

 どうも会話が通じてないような気がしてきたとき、公衆電話の位置から見える

 老人ホームのTVに映し出されたニュース

 

 やっと判った…。牧師さんの慌てていた訳。聞いたことの無いような母の声

 の訳。お父さん、飛行機で帰ってくる予定なんだ…

 その日、東京に出張中だった私の父は、夕方の飛行機で自宅へ戻る

 予定にしていたのです。

 

 「どの飛行機か決まってたの?ねえ!あの飛行機なの?!」

 (判らないのよ…。)

 

 父はどこかに出張するときは、往復の切符を予約する人です。

 新幹線でも飛行機でも…。帰りの時間を母に伝え、母はそれをメモにしたり

 カレンダーに書き込んだりする人です。

 でも、なぜかあの日の帰りの飛行機の時間が、家の中のどこにも残されて

 いなかったようです。

 

 「私、帰る?」 (何か判ったら連絡するから。そこにいなさい。)

 

 父の消息が判らないまま、1時間ほどが過ぎました。

 老人ホームの看護婦さんが「お家に電話して!お父さん、大丈夫だから」

 と、伝えに来てくださいました。

 

 家では、母と二人の妹が電話を待っていました。

 (お父さん、違う飛行機だったから。)「そう、良かった。」

 それで終わりました。私は、そう思っていました。

 

 2日後、帰宅した私は、驚きの話を聞くことになりました。

 あの日、父が予約していた飛行機は、まさに!あの飛行機でした。

 東京での仕事を済ませ、羽田空港に向かった父は、空港で同期入社の

 友人二人と出会います。一人は札幌、一人は名古屋へ帰る途中。

 三人で会う機会など滅多に無く…各自、手持ちの搭乗券をキャンセルして

 ミニ同期会となったそうです。

  公衆電話が空いていなかったので(当時は携帯なんてありませんもんね)

 母への連絡を後回しにしたそうです。

 

 三人での食事中、父がTVで目にしたものは、自分が乗るはずだった飛行機

 の墜落事故。慌てて自宅の母に連絡したと云う事でした。

 

  2学期の始業式の日、部活の1年後輩のお父様が墜落事故の犠牲に

 なられたことを知りました。東京に単身赴任中で、いつも週末には

 決まった飛行機で帰宅しておられたこと、今回のご帰宅では彼女の

 誕生日をお祝いすることになっていたこと…などを彼女は涙をこらえて

 話してくれました。そして、一番ショックだった出来事…。

  お父様がいつも利用しておられた飛行機は、1時間遅い時間の便だった

 そうです。

 「1時間早い便のキャンセルチケットが取れたのでそれで帰る。

  お誕生日だからな。」

 

  お父様からの電話を受けたのは彼女。最後の会話です。

 

  私の父がキャンセルした搭乗券…彼女のお父様が取られたキャンセル

 搭乗券…2枚が同じものだったかどうかなんて、判りもしないけれど可能性が

 無い訳ではなく、私は足が震えるのを感じました。

 

  彼女は、今どこでどうしているのかな。10年前の地震の頃には連絡も

 取っていたのだけれど、お互い、実家も動いてるし…。

 お母さんになっているのかな、元気かな。

  

  彼女にはもちろんそうだろうけれど、私にとっても忘れられない日。

 いや、忘れちゃいけない日なのかもしれないとも思う近年…。

 

 

 


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コメント 6

ma

この記憶だけは忘れてはいけない日であり、事故であると思います
実は、ワタクシも本当は・・キャンセル待ちでこの飛行機に乗る筈でした。
ただ、当時名古屋で仕事をしていたワタクシの勤務先の都合で、新幹線で名古屋に帰る事になり・・友人を見送りました。

今を生きている人たちの中にも、色々なドラマでは書き綴れないような事が沢山ありますね。

今を生きている事を感謝し、そして・・持論の「捨てる位ならその命、誰かの為に」に繋がるのでした・・

ちと、真面目レス^^;;
by ma (2005-08-12 17:45) 

白やぎママ

RE>maさま
  こんばんは。実は、記事にしてからちょっと重くなってしまったように感じて
 いたのですが…そうだったのですね。橙色見ると辛い理由はここですか?
 (間違っていたらごめんなさい)
  私が「一寸先は闇」とか「生と死は紙一重」なんて言葉の意味を、真剣に  考え始めたのは、たぶん、この時からです。

  この事故から10年後、今度は地震に揺さ振られ、maさんと同じく
 「捨てる位ならその命・・・」の想いを強くしました。

  中学生になっても「命はリセット出来ると思う」なんて、大真面目に
 考えている子がいることが悲しく、大人の責任でもあると思っています。
by 白やぎママ (2005-08-12 22:05) 

署長

こういう事ってあるんですね。
実は自分も乗るかも、だった人間です。
東京に遊びに行っていた帰り、
ついでに大阪もどう?なんてノリになって
飛行機、新幹線、すべて満席。
キャンセル待ちせずに在来線を乗り継いで帰る途中、
確か静岡のどこかの駅で知りました。

あの時見た川上慶子さんを吊り上げていた道具(サバイバースリング)を
実際に使って人命救助をする仕事に就くことになろうとは
その時には考えもしませんでした。
by 署長 (2005-08-12 23:33) 

白やぎママ

RE>署長さま
  あの飛行機は、金曜日の夕方便という事で単身赴任パパとか、
 出張帰りパパとか・・・多かったですよね。
  飛行機の目的地が私の居住地域であったために、身近にご家族や
 お友達を亡くされた方が複数おられます。

  いまでこそPTSDも広く知られるようになりましたが、当時の救助活動や
 医療活動に関わった方は、後々まで辛い思いをされたのではないかと、
 最近思います。
by 白やぎママ (2005-08-13 20:56) 

Kimball

「今生きていることを感謝する」、ほんとうにそうですね!!

でも、すぐに忘れて、身勝手に考えたり行動したりしまう
凡人オヤジです。 反省..... _| ̄|○ ○| ̄|_
by Kimball (2006-08-12 13:17) 

白やぎママ

>kimballさま

えらそうなことを書いた張本人ですが・・・・ついついこの世の不条理を
嘆いたり愚痴ったりしている今日この頃。。。。。。
ダメじゃん・・・・って思うんですけどね。ダメです~。。。
by 白やぎママ (2006-08-20 00:02) 

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